ダンのブログ

社畜予備軍 

後出しじゃ勝てない

妄想レベルで自分が考えた企画があったとして

 

それによく似たような企画が世に出てくると、俺は正しかったんだ

 

みたいな感覚になることがあるんですけど

 

これってクソダサいな

 

クイズ番組見てて、正解出た後に「俺もAだと思ってた」って言うやつ並みにダサい。

 

俺だって同じこと考えてたのに!となった段階で負け確定、あとは二番煎じでしかない。

 

思っていても実行していなかったらやってないに等しいと、周りからは思われるんですよね。

 

まあしかし口に出し続けていればいいって話でもなくて、それだと口だけ人間になってしまうから

 

しかし難しい。

多くの場合思ってるのに実行してないのって、やり方が分からないからってパターンがほとんどなんだと思います。

 

これとこれとこれを勉強すればこんな進路があって〜

って教育は良くないことなんだなと改めて感じました。

 

 

僕は消費欲の塊

昨日は社畜マインド丸出しな文章を書いてしまった!

 

少ない給料だけど、その範囲内で最大限楽しもう?

そんな生活が続くのはまじでごめんだ!

 

必要なものは必ず手に入れる、見たい景色は必ず見る、子供ができた時には最高の環境を作り出してあげる。

 

偉そうなことを書いたが、消費欲も半端じゃない。欲しいものはたくさんある。特に服の誘惑にはまじで勝てない。

 

んでそれらを叶えようと思った時、会社からの給料だけでは不可能だろう。

 

まじ給料少なすぎない?うちの会社だけ?

きっとそうではない(と信じている。)

給料少なすぎ問題は大部分の企業に勤める者たちに課せられた宿命なのだろう。

 

じゃあ転職を

という考えにもならない。

 

仕事自体は面白いからだ。

 

だから

「仕事は趣味」って言えるようになりたい

食うための仕事とかクソおもろない

 

んで

とは言うものの、食っていかなきゃいけないし、欲しいものは手に入れたいから仕事以外からの収入を得ていくための仕組みを作っていく。

 

自分に生まれた全ての欲を俺は満たしていく。

 

何足でもわらじを履くぞ。

 

 

 

 

消費欲

社会人になってからというもの、お金を使う機会が少なくなった。

 

というのも学生の頃と比べて収入が少なくなっているので当然のことだろう。

 

アルバイトこそしていなかったが、せこせこといろんな方法でお金を稼いでいたので月々の手取りでいくと今より10万以上はあった。

 

そのおかげで学生の頃にやりたかったことは全部できた。

遊びが中心だけど。

 

自分自身に対して感心しているのは、消費への欲がよくぞ落ちてくれたというところだ。

 

学生の頃なぜ僕がお金を稼ぐために時間を割いたかというと、お金を理由に何かを我慢したくないという気持ちからだった。

 

友達からの誘いだったり、自分の欲しいものや食べたいものや、好きなアーティストのライブに行くことも。

 

とにかくキリが無かった。

 

そろそろ本題に入ろうと思うが

 

自分の得られる収入をその範囲内でマネジメントすることってかなり大事な気がする。

 

消費欲の下に動いてはいけない。

それはキリがないから。

 

消費欲を暴走させた先にある道は3つ。

 

①稼ぎを増やそうという気持ちになる

 

これが一番良いルート。

でも方法を間違ってはいけない。めちゃめちゃ働いて賄おうとしたり、知識がないままに投資をしたり。③につながる危険性もあるルートだ。

 

②何かを我慢して、何かに金をつぎ込む

 

僕はこのルートは大嫌いだ。

服が好きで好きで仕方ない人は、飯代をケチってでも服を買おうとしたりする。その逆もしかり。

ブランド物にとりつかれると悲惨なことになる。めちゃめちゃ高い時計してるけど服のバランスはクソみたいな。

 

③破産するしかない

カードなり、消費者金融なり

今ここにないお金を捻出する方法は様々だ。

使い方を誤ると厳しい道が待っている。

 

じゃあどうすればいいんだよ!

って僕も昔はよく考えた。

 

今僕が考える結論は

無理しない範囲内でのマネジメント。自分の持てる財源をいかに回していくかを描いていくということに尽きる。

 

んでどうするねん?

というところに関しては建設中。

オチのない話ですいませんでした。

 

自分の身を守るための確認

全てに対して疑ってかかる

 

流れ弾をくらわないためにも、これは意識しておくべきことだと感じた。

 

自分で取り組む仕事はもちろんのこと、誰かから回ってくるものに対して前任者を信じ切ってはいけない。

 

人間必ずミスを犯す

 

上司であれ部下であれ関係ない

自分の目で見て確かめて、おかしいと思うことがないかチェックする。

上司が(自分はもちろん)ミスするわけないと思ってはいけない。

必ず見落としがあると疑ってかからないと、そのままそれを回した自分に流れ弾が飛んでくる。

 

 

遊び

こないだ休日にゲームをしていたら父親から「社会人にもなって」とおじさん臭丸出し発言をくらった僕ですが

 

僕自身暇つぶしではなく、本気で面白いと思ってやっていることなので反抗する心すら芽生えませんでした。

 

家にある最新ハードはPS2って状況が10年以上続いてた中で、ドラクエが出るってことでPS4を買ったんですけど

 

ゲーム面白すぎ

遊びとして面白いしコスパの面でも抜群やし、しばらく楽しめそうです。

 

大学生になってからゲームをクリアするまでやりきることなく飽きてしまう現象に陥ったんですけど

 

PS4購入後、ゲームに対するモチベーションはもうソフトを買うたび毎度毎度半端ないです。

 

それは単純にゲームソフトの中身、面白さ、質が上がっているからだと僕は思ってます。

 

制作側も常にもっと面白いものを、と思って取り組んでいるはずなのでそうなるのは当たり前です。

 

なのに、"もうゲームは卒業かな…"

と思い込んでそれに触れなくなるのはもったいない。

 

それは何事にも言えることだと思います。

大人になるとみんな遊びから卒業しようとする。

もちろん大人になってからしかできない遊びもあるし、それも楽しい。

仕事のために時間を割くことも大切。

 

でも小さい時にしていた遊びから卒業する必要はなくて、それが持ってるある面白さを再発見できるのは大人ならではの特権だと僕は思います。

前提条件を見誤らない

最近、これは確かにと思ったことを共有。

 

物事を考える際に前提条件を見誤ってないか、という話です。

 

「サービスAの利用者を増やす」

という課題があるとします。

 

それに対して、その課題の分析だったり、市場調査、解決プランの制作等々、様々なことをマーケッターは行います。

 

んである程度の時間を費やしたとしても、そのプランによりサービスAの利用者が確実に増えるとは限りません。

 

その理由を考える上で

前提条件を〜の話に戻りますが

 

そもそもサービスAがクソみたいなサービスだった場合、どれだけそれを取り囲む訴求プランニングを固めても無意味なわけです。

 

ぱっと見てウンコなサービスはすぐに排除されますが、作り手もそんなものは制作しません。

 

どこか良い面を持っていて、悪い面は隠れてる。だからマーケッター側もこれは売れそうって思ってしまう。

 

前提条件としてそもそも売れるはずのないサービスなのに、マーケッターはそれを売るための努力をしていないか?それは無意味だぞ

という話です。

 

とはいえ、検討する前からそれが売れる売れないが分かる人はそれなりに経験を積んだ人か相当感覚の鋭い人です。

 

僕は後者ではないので、経験を積んでいかないといけません。

 

で結論ですが

僕は努力することでその感覚を養える人間なのか否か

この前提条件はしっかり分析していかないといけない、という自分への問いかけでした。

 

 

 

 

ライブ予定

9月以降色んなライブの予定があって嬉しい

 

近いところから順にいくと

 

・SiM主催のワールド記念ホールで行われるイベント

・The fin.のツアー大阪

サカナクション6.1ch 幕張

小山田壮平弾き語りツアー 

コーネリアス  ツアー大阪

 

濃い…

あとはBiSH見るためにボロフェスとか行きたいな〜

 

あとはALのツアーも決まったし、楽しくなってきた

 

というわけで僕はandymori小山田壮平が大好きなのでいつかそのことについても書きたいと思う。